理事長/学院長メッセージ

理事長メッセージ

明治学院理事長山﨑 雅男Masao Yamazaki

 明治学院は、ジェームズ・C・ヘボン博士が創設した英学塾=ヘボン塾をその淵源としており、160年以上の歴史を重ねてきた伝統ある学校です。その教育は建学の精神である「キリスト教に基づく人格教育」に基づいてなされており、白金に大学・大学院と高等学校、東村山に中学校・高等学校を有し、全体では約1万5千人の学生・生徒が学んでいます。そして、今日に至るまで日本の社会を支える多くの有為な人材を送り出して、その発展に多大な貢献をして参りました。
 現在、教育を巡る社会環境には大きな変化があります。一つは、少子化の影響により、高等教育を受ける18歳人口が今後大きく減少すると見込まれ、大学進学者は2040年には8割程度に縮減するという動きです。二つめは四年制大学進学率が60%近くに達し、多様な能力や特性あるいは背景を持つ学生が益々増加するということです。三つめは今後現在の情報化社会がますます進展・深化するとみられ、こうした社会で活躍できる人材の育成が求められているということです。さらには国際化やグローバル化は今後も続き、教育においても国境は低くなるだろうという見通しもあります。これらの環境変化を受けて各大学は、教育内容の一層の充実に、教育設備の革新に、また社会で広く必要とされる学生の育成に懸命に取り組んで、優れた学生の獲得に厳しい競争を繰り広げているところです。
 明治学院大学はこれまで文系総合大学として歩んでまいりました。しかし、以上のような環境変化に対応すべく、2024年4月に「情報数理学部」を横浜キャンパスに開設し、学部設立と同時に、既存の文系学部との有機的な連携を目指して「情報科学融合領域センター」も新たに発足させました。また2027年4月に大学院「情報数理学研究科」を設置すべく、現在準備を進めているところです。このように明治学院大学が掲げる教育理念のもと、次世代技術を用いた人間中心の未来社会の実現に取り組もうとしています。この理系学部の設置により、系列の中学校、高等学校で学ぶ生徒たちには、内部進学における選択の範囲が広がることにもなりました。明治学院は今後とも様々な課題に対して教学面での改革を推し進め、我が国における人材の育成に貢献していきたいと考えています。
 明治学院が建学の精神「キリスト教に基づく人格教育」に立って、教育を行う上で創立以来大切にしていることは、一つは神様の似姿に造られた人間の尊厳と平等を重んじること、もう一つは神様に造られた人間として隣人と共に生きるということです。従って、隣人の幸福や繁栄を大切にして、社会の一員として勤勉に生きると言った価値観を有する人間の育成に努めるとともに、これを実現しうる学力と人間力を培うことに長年にわたり力を注いできています。学校で学ぶことは、学ぶ者が今後一人の人間として日本社会、あるいは世界の中で働き、生活していくのに必要な知識、技術、能力を身につけるためになされているといってよいと思います。そして人は誰でも一人の人間としてどの様に社会の中で生きていくか、自分の生き方を決めねばならない時があるものです。その時、今述べたような生きる上での価値教育を受けてきた明治学院の学生たちは、どういう方向で学びと研究を深め、そして自分の力をどのように社会の中で活かすのかという良き判断、選択ができるであろうと確信しているのであります。
 明治学院は以上述べてきたような考えに立って教育を進めています。情報化や国際化などの教育を巡る環境変化を踏まえて、教職員は創意工夫を重ね、高い教育水準を確保できるよう取り組んでいます。是非明治学院に学び、そこで得たことを糧として、社会に貢献して、良き人生を生きてほしいと願うものです。

学院長メッセージ

明治学院学院長永野 茂洋Shigehiro Nagano

 明治学院は、近代日本の幕開けと共に、ヘボン博士をはじめ主にアメリカから来日した多くの宣教師たちの祈りと献身的な働きによって誕生した、幕末にさかのぼる長い歴史と豊かな伝統を持つ教育事業体です。
 日本の未来を担う若い人たちに世界に通じる教育をという宣教師たちの情熱。日本の生徒、学生たちに神の愛を伝えたいという願い。そして、聖書が教える隣人愛を無言のうちに体現した彼らの姿に心動かされた多くの日本の青年たち。明治学院は、それらが不思議なしかたで合わさって歩みを始めました。その宣教師たちの背後には、彼らを太平洋を越えて送り出すために祈り、生活費の一部を削って献金を献げた多くの名のない人たちがいました。そのことも私たちは忘れることはできません。
 明治学院が、キリスト教主義という据えられた土台をいまなお教育事業の根幹に維持しえているのは、国境を越え、人種を越え、言葉の違いを越え、宗教の違い、文化の違いを超えた、平和と友情で結ばれた未来世界の建設を宣教師たちに託した、多くの市井の人たちのその思いを明治学院が誠実に受け止め、歩んできたからに他なりません。
 明治学院中学校・東村山高等学校の「キリスト教に基づく人格教育」という教育理念、明治学院高等学校が掲げている「隣人を自分のように愛しなさい」という聖書の教え、そして、大学が「Do for others(他者への貢献)」という教育理念の典拠とする「人にしてもらいたいと思うものは何でも、あなたがたも人にしなさい」(新約聖書「マタイによる福音書」7章12節)という聖書の言葉。これらはすべて、隣人に仕える生き方の素晴らしさと価値、そして、私たちが進むべき未来のヴィジョンをそれぞれに異なった言葉で指し示しています。
 それは、偏狭なナショナリズムや力が正義であるといった、分断と敵愾心を生み出し、他者の痛みを顧みない自分ファーストの生き方とは逆方向の道を指し示した言葉です。困窮し助けを求める隣人を見出し、関心を寄せ、救援救済のために惜しみなく自分の時間と労力を割き、仕えようとする。そういう人間として当たり前の心を丁寧に育てる。明治学院はそのことを建学以来自らのよき伝統としてきました。
 他方で、明治学院の歩みは、そのような狭い道ではなく、誰もが通る広い道を行きたいという誘惑にさらされ、歩むべき道をしばしば見失ってきた歴史でもありました。しかし、そのたびに力が内外から働いて、軌道修正する機会もまた与えられてきました。敗戦後50周年を迎えた1995年6月10日になされた「明治学院の戦争責任告白」は、明治学院が抗いがたい時局の中で広い道を行こうとしたとき、それがどのような負の結果をもたらしたかを、歴史的に検証し、内外にその罪責を告白し、悔い改め、そして自らの据えられた土台に立ち帰って、自分たちの生きるこの時代への責任を果たして行く、平和を追求してゆくことを誓ったものです。これは戦後の明治学院の歴史の中で最も重要な出来事でした。
 それから30年を超える時を経て、いま私たちはこの「告白」の先に思い描いてきた世界、国境を越えて平和と公正が実現され、友情の中に人々が共生する、そういう普遍的な価値を理想とする世界が、急速に、かつ、大きく揺るぎ始めた時代に入ろうとしています。他の日本の教育機関でもそうですが、明治学院でも生徒、学生たちは再び広い道を行こうとする内外からの誘惑の波にさらされ始めています。いま、あの「明治学院の戦争責任告白」をもう一度現在の文脈の中で実質化して行くこと、それが現在の明治学院の大きな課題です。
 教育は、現在世代が試行錯誤しながら身につけてきた経験、知見、技術、価値観を次の世代へと、究極的には1対1で、心から心に受け渡して行く営みです。明治学院の土台と方向性は既に据えられています。その方向性を見失わずに、学院全体がそれぞれの想いや考え、経験を持ち寄って知恵を出し、交換しながら、次世代を担う生徒、学生たちのために教育の業を飽かず、弛まず、進めて行きたいと思います。